001_1961_02_建築文化 某電線工場

工場建築と建築計画

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このページ企画は、岡田の雑誌発表記事を振り返り、岡田から受けた薫陶とのつながりを、筆者の目線から紐解くものである。目を引いた言説を引用し、雑感を書き加えてゆくスタイルで進めてみようと思う。

入社時、岡田から、「5年で右左がわかり、10年で仕事を任せられるようになりなさい」と言われてきた。この記事は、岡田が鹿島建設設計部に配属され、4年目に書かれた記事であるから、岡田は30歳になろうか。右左がわかりはじめたころの雑誌発表記事である点に注目したい。

建物の詳細は記事本文に譲るが、冒頭の写真の通り、24mスパンのトラス屋根をもつ大変ダイナミックな空間をもった工場で、そのユニットを年月をかけて増殖させ、現在も稼働している。

工場のデザインは、生産の場全体にユニティを考えるのが目的である。社会の発展が求めているものを単に生産工程のみを追う素朴な生産管理(経営)や機能主義(建築)のみでは解決できない。 ・・・・工場立地の調査のみでなく、工場が建設されてどうなるかという、逆の、外からの立場からも検討したい。

工場建築におけるデザインはどうあるべきか より。

個人の設計事務所に大企業の工場建築が任されることは少ないと思う。大企業の設計部に勤めながらも、東京大学吉武研究室で建築計画学を修めた岡田が、「環境」という新しい概念を建築家として、新しい工場建築に加えてゆきたいという意欲が感じられる。

工場の目的に沿ったユニティーを求めるためには次のプロセスが必要である。
工程理解+環境理解→総合計画(具象化)
今回はそのプロセスが施主側の技術陣によって行われた。私共の設計は次の条件を提示されたことから始められた。我々の設計作業はこのような段階でのものが多い。それは好ましいことではないのだが・・・・。
 ① 電線工場であるため、長いスペースを必要とする。
 ② クレーンはつかわない。
 ③ 生産工程に塵埃は厳禁
 ④ スパン割 25m前後

産業特性からの要求を建築的にどう受け止めたかーA基本調査の抽出 より

その意欲に反して、思い通りには設計プロセスが進められなかったことを吐露している部分である。岡田はゼネコン設計部での経験を、「中身は言われた通りに作り、エレベーションだけをつけてあげる設計」と、やや自嘲的に話していたことを思い出す。だが、そういった中でも、施主のまとめた条件を論理的に解釈し、設計の回答に結び付けてゆこうという建築計画のスタンスを貫こうとする意志を感じる部分であった。

・・・窓が少ないほど防塵はよくなるが、内部に働く人間の心理的影響を考慮して実施設計では外部周り目通りに窓をつけることになった。
しかし、工場の規模及び設備からみて、外部周りの窓によって開放感をあたえるよりも、色彩調節、照明効果、空気調整および休憩施設を完全にすることによって、労働環境の改善をはかるべきではなかろうか。

産業特性からの要求を建築的にどう受け止めたか ー B建築的解決 より

生産工程での防塵を条件として挙げながら、閉鎖感を解決すべきだから、窓を設けるという直接的な解決策を疑っている。

環境は複雑に絡み合っているのだから、様々なパラメーターを紐解き、複合的に最適解を見出してゆこうという姿勢があってしかるべきという主張は、建築計画学的。


この記事からは、設計チームとしての理想を追求しきれなかった悔しさが節々に感じられるのだが、それゆえ、「某電線工場」とクライアントを匿名にしているのかと邪推せざるを得ない。

入社5年目の「若造」の言説からも、晩年に教えを受け感じた師の人間性が重ねられる。「初心」を大切にしてきた岡田だからこその感覚だろうと思う。岡田の「初心」をページ企画の一つのテーマとしてゆこうと思った初回である。

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株式会社岡田新一設計事務所は、都市や建築の調査、研究、計画、設計、工事監理をトータルに手掛けます。平成26年10月に岡田新一、平成28年10月に岡田弘子 が他界した後、その薫陶をともにした精鋭たちにより継承されており。現在は津嶋功と柳瀬寛夫の社長2人体制で、これからも良質な建築を提案、設計し続けてゆきます。

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